特許翻訳の対象となるのは「特許明細書」だけだと思っていませんか?
もちろん、一番多いのは特許明細書の翻訳だと思います。
が!!
特許翻訳の対象となるものは他にもあるのです。
それが、「中間処理」に関係のある書類。
特許翻訳者の方ならどこかで耳にしたことがあるでしょう、この「中間処理」という言葉。
何のことかよく分かっていない、という方も多いのではないでしょうか。
そこで、今回はこの「中間処理」について解説してみたいと思います!
「中間処理」=出願後の特許庁との間の様々なやりとり、の一部
中間処理を一言で言うならば、
「出願後、権利化に向けて特許庁との間で行われる様々なやりとりのうちの一部」
です。
特許出願した後、放っておけば特許がとれる・・・という訳ではありません。
特に特許出願の場合、出願後には特許庁との間で様々なやりとりが発生します。
具体的にどのようなやりとりがあるのかを、以下のマインドマップにて示します。

これらを出願~権利化の流れ図中で示すと以下のようになりますね。
(出典:知的財産権制度入門(特許庁))
「①方式審査」では出願書類の不備などに関してやりとりをし、
「②出願審査請求」では出願人から特許庁に対して発明内容に関する審査を請求し、
「③発明内容の補正」では特許取得のために必要な発明内容の補正に関してやりとりをし、
「④拒絶査定不服審判の請求」では拒絶査定が不服である場合に審判を請求します。
(かなりざっくりとした説明ですみません。。機会があればまたブログ記事にします!)
そして上記①~④のうち、「③発明内容の補正に関するやりとり」を特に「中間処理」と呼ぶことが多いようです。
(出典:知的財産権制度入門(特許庁))
つまり、
という処理ですね。

この補正対象となる出願書類としては以下のようにいろいろなものがありますが、今回は「明細書」「特許請求の範囲」「図面」の補正に絞って説明したいと思います。
(まあ、大抵「中間処理」というとこれらの書類を対象とすることが多いようですが)
これらの出願書類を補正する際には、様々な書類(補正内容を記載した書類など)が必要です。
拒絶理由通知や補正に必要な書類を翻訳するのが、特許翻訳における中間処理書類の翻訳、なのですね。

それでは、中間処理に関してもう少し詳しく見てみましょう!
そもそもなぜ補正が認められているのか?
はい、私が最初に浮かんだ疑問はこれです。
私の勝手な思い込みかもしれませんが、官公庁に提出する書類って、なんか一度失敗すると終わりだというイメージがあるんですよね・・・。
変な書類を提出してしまうと、もうそれでアウト!!というイメージが。
にも関わらず、特許出願に関しては出願後に明細書を補正することが認められている。
なぜなのかな?と疑問に思いました。
この疑問に関して、特許庁の資料では以下のように説明されていました。
「手続の円滑で迅速な進行を図るためには、出願人が初めから完全な内容の書類を提出することが望ましい。しかし、先願主義の下では出願を急ぐ必要があること等により、実際には完全なものを望み得ない場合がある。また、審査の結果、拒絶理由が発見された場合等、明細書等に手を加える必要が生じる場合もある。そのため、同条は、明細書等について補正をすることができることとしている。」
(出典:特許・実用新案審査基準 第IV部 明細書、特許請求の範囲又は図面の補正 第 1 章 補正の要件(特許法第 17 条の 2))
つまり、
- 先願主義なので急いで出願する必要があるために一発で完全な書類を提出できないだろうこと
- 実体審査の結果明細書等を補正する必要があるだろうこと
から、出願書類の補正が認められているんですね。
人間のミスを念頭に置いた制度になっている、ということですね。
官公庁って思ったよりも優しいんだなあ・・・(おいおい
補正には時期的・実体的な要件が存在する
さて、では中間処理の概要に入っていきます。
出願書類の補正といっても、いつでもどんな内容でも補正できる、という訳ではありません。
そこにはきちんと要件(必要な条件)が定められています。
そしてこの要件には、「時期的要件」と「実体的要件」の2つが存在します。

まずはこれらの要件について説明します。
補正の時期的要件
「時期的要件」とは、
「出願後の『どの時期』に出願書類を補正できるのか」
という要件のことです。
もしもどの時期にでも出願書類を補正できるとすると、権利化までの手続が複雑化して審査側にとって非常に手間になりますし、その結果審査が遅延することも考えられますよね。
そのため、出願書類は限られた時期にしか補正できないのです。
先ほども載せた以下の図には、「③発明内容の補正」に対応する箇所が3箇所ありましたね。
これらが補正が可能な時期に相当するのです。

・・・ごちゃごちゃして分かりづらいので、あらためて補正可能な時期を以下に示し直しました。
(出典:知的財産権制度入門(特許庁))
①’出願後~特許査定前の時期(拒絶理由通知後の期間は除く)
この時期は実体審査前又は実体審査結果が出る前であることが多いので、この時期にする補正は自発的なもの(出願人が自らミスに気づいて修正する場合)が多いようです。
②’拒絶理由通知の応答期間内
「拒絶理由通知」という用語がちょくちょく出てきていますが、これは実体審査の結果出願書類に補正が必要な場合に特許庁から送られてくる書類のことです。
定められた期間内にこの書類で通知された内容通りに補正しないと拒絶査定となってしまいます(補正はせずに、通知が不服であるとして審査官に対して意見を述べることもできます)。
そのため、拒絶理由通知が来たら定められた期間内に補正を行うのですね。
ちなみに拒絶理由通知に関してはいろいろと種類もありややこしいので、別途記事にする予定です!
③’拒絶査定不服審判請求と同時
拒絶査定に不服がある場合、拒絶査定不服審判を起こして追加の審議を請求することができます。
この審判請求の際、同時に発明内容の補正を行うことができるのです。
補正した内容で更に審査をしてもらうのですね。
・・・以上が、補正の時期的要件でした。
時期により、出願人が自発的に補正を行う場合と、特許庁から通知を受けて補正を行う場合があるようですね。
補正の実体的要件
続いては、「実体的要件」について説明します。
「実体的要件」とは、
「『どのような内容の』補正ができるのか」
という要件のことです。
そして、実はこの実体的要件。
なんと補正を行う時期により補正できる内容が異なるのです!
具体的にはどのように異なるのでしょうか??
「時期的要件」の節で記載した①’~③’の補正可能時期と、各時期における補正の実体的要件との関係を以下に示します。

表中の緑色部分が実体的要件です。実体的要件には
- 新規事項を追加する補正でないこと
- 発明の特別な技術的特徴を変更する補正でないこと
- 目的外補正でないこと
の3つが存在し、補正時期によってどこまでの要件が課されるかが異なる、ということが分かりますね。
(各補正要件の詳細についてはまた別途記事にする予定です)
当然ですが、実体的要件が多くなるほど補正可能な範囲は狭くなります。
つまりこの表から、
「補正時期が遅くなるにつれて補正可能な範囲が狭くなる」
ということが分かりますね。

「時期的要件」と「実体的要件」との関係性に関する考察
さてさて、では
なぜ、補正時期が遅くなるにつれて補正可能な範囲が狭くなるのでしょうか??
これには、主に以下の2つの理由があります。
- それまでの審査結果を有効に活用するため
- 他出願との公平性を保つため
審査官は出願内容の審査に当たり、その発明の背景を調査してその技術的内容を理解するという作業を行っているはずです。
そして出願~権利化までの工程が進むにつれ、審査官による審査も進んでいるはずです。
もしも権利化直前になって、出願人が出願内容を大きく補正してきたらどうでしょう。
審査官には、新たに補正された内容を調査しなおし、その妥当性を一から審査し直すという手間が発生します。
これではそれまでの審査結果が有効に活用できず、審査に多くの時間が取られてしまいますよね(上記の1つ目の理由)。
また、このような大きな補正を何度もしてくる出願に対しては審査の時間を多く取る必要がありますが、補正の少ない出願に対しては審査の時間が短くて済むことになります。
これでは出願間で審査時間が大きく異なることになり、出願間の公平性が保たれないことになってしまいます(上記の2つ目の理由)。
以上の理由により、補正時期が遅くなるにつれて補正可能な内容も制限されているのです。
中間処理において特許庁に提出する書類
さて、では中間処理ではどのような書類を特許庁に提出する必要があるのでしょうか。
つまり、特許翻訳ではどのような中間処理書類を翻訳する必要があるのでしょうか。
中間処理では、主に以下2つの書類を特許庁に提出します。

「意見書」は審査結果に不服があり、意見したい場合に提出する書類です。
拒絶理由通知に対して応答する際に、通知内容に不服があれば提出します。
審査官も人の子です。そりゃあ間違いや見落としもあるでしょうから、こういった書類も必要ですよね。
「手続補正書」は自発的又は審査結果に基づいて出願内容を補正する際に提出する書類です。
どの部分にどのような補正を行うか、を記載します。
特許翻訳者に依頼される中間処理書類は、主に拒絶理由通知と上記意見書、手続補正書であるようです。
まとめ
中間処理は「発明内容の補正に関する特許庁との間のやりとり」であり、補正が可能な時期や補正内容には様々な条件が課されている・・・、
というお話をしました。
また、中間処理において特許庁に提出する必要のある書類(意見書、手続補正書)に関しても簡単に述べました。
意見書や手続補正書は審査に直接関わる書類なのですから、これらを翻訳する際には特許制度に関するより深い理解が問われるのでは、と思います。
やはり特許制度の理解は、特許翻訳者にとって必須ですね!!
次回以降は、今回取り上げきれなかった拒絶理由通知や補正の実体的要件の詳細について取り上げてみたいと思います!
なるほど~
黒豆納豆さんの説明は、図も含めて、とても分かりやすいです。
まとめ方も参考になります。
そして、やはり特許明細書を翻訳する立場であれば、
特許制度を理解するべきですね。
それなければ、致命的なミスをしてしまう恐れもあるし、
それより、より理解を深めて翻訳できると
より知りたいことを深めれると思います。
また、次の記事も楽しみにしてます。
naoさん
コメントありがとうございます!!
そうですよね、せっかく特許を訳すならその背景にある特許制度に関して理解してる方が
楽しく訳せると思いますし、ミスも減らせますよね。
特許翻訳者として次のレベルに上がるにはどうしても特許制度の理解が不可欠だと思います。
最近は特許制度に関する記事を書くことができていませんが、
また再開する予定ですので、ぜひ読みに来てくださいね!笑